korentoの日々の手仕事ノート

手仕事のようすを記録していきます。

ブログをはじめるに至った経緯

 わたしも以前はInstagramのリアルアカウントを作って、日常のことを写真とともに載せていた。

フォローしたりフォローされたり、いろんな写真や情報を楽しめるツールのひとつだけど、利用するうちにだんだんと違和感と危険性を感じるようになったことがある。それは、こどもの写真が無防備に掲載されていること。

家族親戚などのこどもの成長なら微笑ましいけど(SNS掲載は心配)、知り合いのこどもの写真や動画が載っているのを見ても、はじめは「そうなのね〜」としか思わない。けど、そのうちどこかしら違和感を感じるようになった。

ブログをはじめたわたしが言うのもなんだけど、全世界に向けて我が子の写真を公開していて、何にも怖くないのだろうか。いくら親本人は鍵アカにしていたとしても、写真が悪意ある他人にコピーされてどこからか漏れていく可能性も多いにあり得る。それからInstagramをFacebookと紐付けている人も多い。アカウントの乗っ取りもあり得る。セキュリティはゆるゆるだと思う。

写真が悪用されて、何か犯罪や問題に巻き込まれるなんて心配性で考え過ぎだと思う人もいるだろうけど、親の承認欲求を満たすために、わざわざ我が子に危険がおよぶ可能性を高める必要ってあるのかな。

今や公的機関などでは、撮った写真をSNSなどに勝手に上げないように、同意書へのサインを求められる時代。もちろん、こどもに人権があるのは当然であり、こどもは親の所有物ではない。

他人に写真を見せての、我が子の近況報告ならSNSなどのネット以外ですればいい。

いろいろ感じるようになってからInstagramのリアルアカウントは基本見ない、更新しないことにした。自分の感覚がおかしいと思わなくて済むから。

知り合いの中でSNSを一切していなかったり、登録だけして更新ゼロの人は、確かに思慮深く賢い人たちだなと、ふと改めて思った。

刺繍を始めるようになって当初はリアルアカウントに作品の写真を載せていたが、しばらくしてハンドメイド用の趣味アカウントを作りそちらへ移った。ポートフォリオのように作品の記録として使いたかったので。

趣味アカウントを利用していたけど、フォローしていない「おすすめ」に飛び込んできてしまうInstagramの一部の人たちのキラキラ感がどうにも苦手。

日常ってそんなにみんなキラキラしていないはず。毎日そんなに豪華で綺麗な映えるご飯を作れないし、家もずっと同じに綺麗に保てない。

これは、映えのための虚構の世界だと思うようになった。

Instagramで思いの丈を文章で書きたいけど、長々と書いては失礼なのか詫びている人もいる。感覚的に見づらくなるのは確か。写真が横にスライドというのも、どこの部分の説明なのか文章と離れていて見づらい。

タイムラインが実験的に横にスライド方式になったり、ある日突然英語表記になったりと、運営側から利用者にアナウンスなく変更されているのも、正直使いづらいなぁと思うようになっていた。

刺し子をするようになって、参考にいろんな方々の刺し子ブログを読ませていただくようになった。ブログに作品を掲載されている方たちは、自分の好きなように思うままに書いている。読む側の目を引くようにブログをカスタマイズしてあったり、なかには魅力的な面白い文章を書かれる方もいたり。更新されていないけど、今でも時々訪問して読ませていただくブログもある。ブログとは、名も存じ上げない一般の方が書き溜めた貴重な資料のようなものと思うようになった。そうしているうちにわたしも内容の良し悪しは抜きにして、自分の作ったものたちを自由にブログに残していってみたいと思うようになった。

 

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以上がブログをはじめるに至った経緯です。

黒い部分も書いているので、いつもの「です・ます」調はやめて書きました。