korentoの日々の手仕事ノート

手仕事のようすを記録していきます。

ヒリヒリするような働き方はもうしたくない

常日頃から「人は人」だと思っているし、いい歳だから「隣の芝生は青いというやつなのだろう」と思えるけど、自分ばかりが何でこんなにしんどいのかなと思っている時期がありました。フルタイムでバリバリ働く女性って、世の中じつは意外と少ない。通勤電車でフルタイムで働く時間帯に乗っている女性って本当に少ないのです。もしかしたら、東京だと様子が違うのかもしれないけど。そのことに気づいたとき、(それだけが原因ではもちろんないのだけど)、とにかく一生懸命にフルタイムで働くのがバカみたいだと思うようになってしまったのです。

自分ばかりがしんどいって結構ヤバい精神状態だけど、それくらいしんどかった。拘束時間が長いのにやらなければいけないことがたくさんあるし、個人的にもやりたいことがたくさんある。

それから、たぶん外というか組織内で働くのがわたしは向いていない。人として致命的だと言う人もいるかもしれないけど、まぁ、ある意味、人間的でもあると思うのです。

だいたい日本人は働き過ぎだと思う。そもそも9時から6時という定時の勤務時間ですら長い。アメリカに行ったとき、金曜日は家族で過ごすために午後から帰る人が多く、交通渋滞のラッシュが15時代とか早い時間だったのを思い出します。何のために働くのかという目的が、日本よりもハッキリと明確にある社会なのだなと思いました。

日本も欧米の習慣にならってなのか、2017年に政府主導でプレミアムフライデーというものができたけど、そんなの帰れるわけがないしと誰もが言っていました。その証拠に全然、浸透していない。飲食関係や小売販売業がキャッチコピーのようにうっすら言っているだけみたいな…。上っ面だけを取り繕う感じにしか、わたしには見えないのです。

人間て勝手な生きもので、他人が自分とあまりにも違う生き方をしていると認めようとしない。多様な生き方を受け入れるというのが難しいというか、下手したら拒絶反応を示す人もいます。わたし自身がそもそも多様な生き方を認めていないのかもしれないなと思いました。フルタイムで働く女性が実は少ないということに対して疑問を抱くこと自体が…。

 

ひと昔前はワークライフバランス、最近では働き方改革、いろんな提唱をして日本の働き方を変えようとしてはいるけど、まだまだ労働者を追い込むような仕事の環境は変わりそうにないなぁと、ドラマ『わたし、定時で帰ります』を観てしみじみ思いました。

この新ドラマ、吉高由里子さんの可愛さにつられて観たのだけど、結構ヒリヒリする内容です。出てくる人物それぞれがキャパ以上に頑張っていて、何だかしんどそうな雰囲気が漂っているドラマでした(過去形…ほっこり楽しくなるドラマが観たいな)。

 

最近、知り合いから仕事の依頼があり、PCのデータ入力メインの単純作業と紹介を受けたのだけど、気がすすまなくて週2か3日でと答えながら返事を先延ばしの状況です。働かないといけないと思うけど、もう必死のパッチで働くのは嫌なのです。

高学歴ニートの人のことをdisる人がいるけど、そういう自分はどうなの?と思う。大企業の部長クラスの管理職バリバリの仕事をしながら、家庭では3人のこどもの育児と家事をこなす超絶キャリアお母さんなら説得力あるけど。そういう人はたぶんdisらない。

高学歴ニートになってしまったのか、はたまた選んでそうなったのかでも違うけど、人の立場をどうこう言うのでなく、「そっか、そういうこともあるよね」というスタンスで、わたしはいきたい。

「そのうち自分らしく社会貢献できたらいいよね」ぐらいで若者のことを寛容に見ようよって思う。他者を自分本位の認識で追い込んでどうするの?ってつくづく思う。

生きてるだけで丸もうけって気持ちを、とことん大事にしたい。

おおらかに他者のことをまるごと認める精神性と社会のあり方が、これからの令和の時代の新しい働き方に必要なのだと思う。