korentoの日々の手仕事ノート

手仕事のたのしみを綴っていきます。日常で感じることなども大切に。

朝ドラの底力を見た気がした

9月30日(月)から放送スタートした、今季のNHKの朝ドラ【スカーレット】は、女性陶芸家の話。

ものづくりに従事する女性の話ということもあって興味をもち、久々に朝ドラというものを視聴しています。

www.nhk.or.jp

 

朝ドラの人気が相変わらず不動であることは、頭の端っこのほうでなんとなく知ってはいたけど、正直前職に就いていたときには朝ドラを観る気にはなれなかったのです。

朝の8時なんてとっくに自宅を出ているし、昼の再放送の時間帯にテレビを観る職場環境でもないし。

ましてや、録画してまで視聴するという気力もなかった…。

他の連続ドラマもほとんど観られずに録画を消していたし。

 

最近、10年前くらいの大きな事件や事故のことがテレビで流れてきても、「あれ?こんなことあったっけ?」

とまったくと言っていいほどに記憶にないことがあるのです。

記憶喪失というわけでもなく、たぶん忙しくてテレビとかネットとかに触れる時間が少なくて記憶に残らなかったのでしょう。(そういうことにしておく)

 

話がずいぶんとズレてしまったのですが、

朝ドラ【スカーレット】を観るようになり、Twitterなどのネットで情報が流れてくるのを見ているのですが、

こんなに朝ドラを観ている人たちがたくさんいるのだということに驚き、皆さんものすごく真剣に観ているのだなぁと実感しました。

もちろん、わたしもそのうちの一人なのだけど。

 

朝ドラ【スカーレット】を観て、まるで、自分ごとのように感じて、怒ったり嘆いたりしているネットの民たちのつぶやきを見ていると、たまに、

 

「あれ?これってドラマで、物語はフィクションよね?」

と素朴に思うときがあるのです。

 

最近、ネットでは、主人公喜美子の両親が毒親だという論争が散見されます。

 

確かに、常治は昭和のダメ親父っぷりがはなはだしいのだけど、毒親というイメージとは違うかな。毒親にはサイコパスといった精神病質をもった親が、こどもを属物とみなして支配的に育てるというイメージがあります。

こどもを自分たちの属物とみなして支配しているところは、毒親の成分は十分あるのかもしれないけど。

 

次女の直子が父親に向かって「見たら目ぇ腐る!」と憎たらしく言い放つところなんかは、まぁ反抗期の娘が父親によく言う風景だなと思うし。

毒親だと多分こういう憎まれ口は一切たたくことができないはず。

きみちゃんも、父親の常治に向かって、お酒を減らすように指示したりしていたし。

家族団らんの場でも父親の話は無視して、女同士で会話していたり。

毒親というよりも、ダメ親の典型のように見えました。

 

もちろん、きみちゃんが折角美術学校に行くことを決心したこと、

内職を一生懸命してお金を貯めてきたことを、パーにしてしまう、ただの足かせでしかない両親には腹が立つけど。

親がこどもの足を引っ張ってどうする?と思います。

まぁ、でも大阪に出たくないと泣いて訴えたきみちゃんも、都会の大阪でいろんな価値観でもって働いている人たちをみることができて、

「きみちゃん、荒木荘で働けて良かったなぁ」

とわたしも、そこそこ感情移入して観ているわけです。

 

ネットで朝ドラの内容について書かれた感想を観ていると、本当にみんな真剣に観ているのだなとつくづく思いました。

 

よく朝ドラ主演女優さんたちが、

「街に出るといろんな方々が〇〇ちゃん(ヒロイン役の名前)で声をかけてくれるんです」

と言っているのを観てきたけど、こういうことなのねと納得。

 

こんなにもたくさんの人たちが、朝ドラのヒロインの境遇や気持ちに感情移入しているのを見て、

「やっぱり朝ドラの底力って半端ないんだなぁ」

「令和になっても朝ドラ人気は変わらないんだなぁ」

と思ったのでした。