korentoの日々の手仕事ノート

手仕事のたのしみを綴っていきます。日常で感じることなども大切に。

【富士日記】(上)を読んで

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 長い間、頭のなかの読みたい本リストにあった【富士日記】(武田百合子 著)。

しばらく忘却の彼方に置き去られていたのですが、最近、Twitterのフォロワーさんからおススメされて思い出したのです。そこで【富士日記】(上)を読むことにしました。

 【富士日記】の中公文庫版は(上)(中)(下)の3冊にわかれています。(上)1冊だけでも400ページを超える長編ですが、淡々と流れるような文章にクイッと引きこまれて一気に読んでしまいました。淡々とした文章は、日記なのだからそりゃそうなのだろうと思うのですが。

 読んでいると、突然、文体が変わることが出てきます。「あら、どうした?」と思っていたら、夫の作家である武田泰淳氏もしくは娘さんが書いていたりします。【富士日記】は家族の日記でもあるのです。

 突拍子もない出来事はほとんど登場することもなく、淡々と富士山麓の山荘でのできごとが書かれています。

日々の食卓に並んだ献立メニュー、買い物したときの値段や支払い料金を書き留めたものがよく出てくるのですが、昭和30年代の終わりから40年代はじめにかけての昭和の暮らしぶりが垣間見えて、とても面白いのです。

 読みながら東京の赤坂の自宅マンションから富士山麓の武田山荘まで、百合子さんが運転する車で、いったいどのくらいの距離と時間なのだろうかとつい考えました。

富士山から遠く離れた地に住むわたしからすると、登場する地名などを読んでも、いまいちピンときませんが、地理を想像する楽しさにあふれています。

今ならGoogleマップを使えばすぐにわかることだけど。(あえてしません)

  百合子さんは豪放磊落な女性。天衣無縫と表現する人もいるけど、わたしはいわゆる気風の良い性格だなと勝手ながら感じました。

ところどころに出てくる、あっけらかんとした文章が心地いいのです。

 結構、百合子さんの無鉄砲なところも赤裸々に書いてあって、地元のヤ◯キーのような集団とあわや一触即発という場面とか、もうハラハラどきどきするのです。

あと、庭に入ってきた兎を追ってきた猟師が百合子さんたちの方向へと銃口を向けてきたのに反応して、やり合おうとしたり。

必ず旦那さんの泰淳氏がやめるようにブレーキをかけているところが、夫婦間の絶妙なバランスに感じました。

 

男の子が二人、石を下の道に投げている。両親らしき大人は車の中にいる。危ないので注意する。男の子二人は、少し間をおいて、帰りがけの私に「クソババア」という。「クソは誰でもすらあ」と、振り向いて私言う。主人に叱られる。

 

自衛隊のトラックが、センターラインを越え、まるっきり右側通行して上ってくるのに、出あいがしら正面衝突しそうになる。自衛隊と防衛庁の車の運転の拙劣さには、富士吉田や東京の麻布あたりで、つねづね思い知らされてはいるが、あまりの傍若無人さに腹が立って「何やってんだい。バカヤロ」とすれちがい越しに窓から首を出して言った。

 

 こういう場面が、ちょくちょく日記のなかに出てきます。

そして、旦那さんはとても常識人な感じなのですが、自衛隊のときは百合子さんに「バカと男に向かって言うな」とまで怒ってしまい、車中で大喧嘩になります。

このことが百合子さんの逆鱗に触れてしまい、近所のいろんな人に、どちらが悪いかアンケートのように聞いて回られた旦那氏。令和の今では絶対にあり得ないセリフです。

 昭和のまだ30年から40年代だからか、戦時中の話もところどころで出てきます。20年くらい前のことなので、今のわたし達にとっては阪神大震災のことを思い出すような時間的感覚なのかなと思ったり。

百合子さんの性格によるのか、戦争のことも、ものすごく悲壮感ただよう感じには描かれてはいません。

  富士山麓の山荘での暮らしが、百合子さんの感性で淡々と日記のなかに描かれていつつも、読みながらプッと吹き出してしまうこともあるのが【富士日記】の面白いところ。

 すこしでも興味をもたれたら、この【富士日記】を手に取って読んでみることを、ぜひおススメします。

 

 

富士日記(上) 新版 (中公文庫 (た15-10))

富士日記(上) 新版 (中公文庫 (た15-10))